やさしい時間~こころの携帯電話ひろば~

グリーフケアへの誘い


制作協力 ソナエ
別れの悲しみに寄り添い、そなえるための学びの章

グリーフをめぐる歴史

 グリーフやグリーフケアが研究対象として我が国でも意識され始めたのは、欧米より10年程遅れての1970年代からでした。背景には、医療の進歩で乳幼児死亡率が非常に低くなるとともに、平均余命が長くなったことがあります。また、在宅ではなく病院で亡くなる人が大半を占めたことや、核家族化・非婚化が進んだこともあります。

グリーフをめぐる歴史 つまり、死にゆく過程、看取りを身近に経験することが減り、グリーフ体験を共有する機会が減ったのです。大切な人を亡くしたときどうしたらよいのかわからない、どう支えればいいのかもわからない。そんな状況が広まったのです。だからこそ、グリーフやそのケアを意識的に考える必要が出てきたといえます。

 もうひとつ、この頃から人生最後の医療のあり方に関心が高まったことも指摘できます。1976年に「リビング・ウィル(延命治療方針など最期の過ごし方を事前に意思表示しておく)」が世界で初めて米国・カリフォルニア州で権利として法制化され、同じ年に日本では安楽死協会(現・日本尊厳死協会)が設立されました。日本で初めてのホスピスケア病床が大阪・淀川キリスト教病院に誕生したのもこの頃です。ホスピスや緩和ケア病棟の広がりで、死にゆく人へのケアが進む一方、遺族ら「送る側」に対するケアも大切ではないかという指摘が出てきました。

 グリーフとグリーフケアが世に広く知られるようになった契機は、2005年4月に起きたJR西日本の福知山線脱線事故でした。不条理な死に多くの人々が直面しました。「複雑性悲嘆」ともいわれる重いグリーフ症状の事故遺族らも少なくなく、ケアのため聖トマス大学(兵庫県尼崎市)にグリーフ専門の研究機関「グリーフケア研究所」が2009年に設立されました(翌年、上智大学に移管)。グリーフに対する社会的理解を広めることや、ケアにあたる人材育成などに力を入れています。

 また、年間3万人超もの自殺者が続いたことを受け、国は2006年「自殺対策基本法」を策定しました。これを受け、自殺・自殺未遂した人の親族らへのグリーフケアも重要な施策として位置づけられ、対策が進められています。東日本大震災を機に宗教者によるグリーフケアも注目され、実践する宗教者が増えています。2012年に東北大学で臨床宗教師を養成する講座が開設され、その後他大学にも広がりをみせ、2016年には「日本臨床宗教師会」が設立されています。

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